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38万部以上売れている歴史書「応仁の乱」(中公新書)第三回(全四回)

2017年8月07日

細川氏と山名氏の関係は少しずつ溝が広がり始めた。この2人の争いに加えて、なぜか畠山氏と斯波氏(しばし)の家督争いがからんで大きな動乱に発展する。 応仁の乱は1467年~1477年の11年間にも渡って続くことになる。 この乱のあと、公家の勢力や幕府の力は弱まり、戦国時代と呼ばれる時代に突入していくことになる。

1467年(応仁元年)とうとう、細川方と山名方この両者の間に、戦争がおこってしまった。この戦いには、多くの守護大名もそれぞれどちらかに味方し、京都に集まった。これが応仁の乱である。勝元の軍は東軍と呼ばれ、およそ16万の軍勢を従え、そのうえ、天皇や将軍を味方に引き入れた。宗全の軍は西軍と呼ばれ、およそ11万の軍勢を従えた。両軍は、激しく戦ったがなかなか勝負がつかない。

そのため、京都は、見渡す限り、焼け野原になり皇居や幕府をはじめ、貴族や大名の住まいや神社・寺院もみな焼けてしまった。京都の町の人々の苦しみはいうまでもない。それでも、戦いは、止まず。両軍の大将である、細川勝元も山名宗全もともに死んでしまった。それに、大名たちも、自分の領地が乱れてきたので、次第に、それぞれの国に引き上げてしまった。こうして、11年も続いた応仁の乱はやっとおさまったのである。

執筆者『福嶋 義弘(ふくしま よしひろ)氏氏』プロフィール

【略歴】
・昭和53年 日本電気ソフトウェア株式会社(現NECソリューションイノベータ株式会社)入社
・基本ソフト(コンパイラ)開発を担当
・昭和61年教育部門へ異動、それ以降教育、人材育成業務を担当
・ITトレーニングセンター長を務め2013年12月に定年
・現在iコンピテンシ・ディクショナリ活用システム構築に携わる一方、株式会社アイテックの顧問に就任

【実績】
・ITSS(経済産業省 ITスキル標準)を社内の人事制度、人材育成制度に導入。業界では先進事例として注目された。その中心メンバーとして活動。その後は、高度IT人材育成のため、経産省各種委員会、産学連携、特定非営利法人 スキル標準ユーザー協会(SS-UG)などで推進活動を行っている 
・2006年4月~2015年3月産業技術大学院大学 客員教授委嘱
・SS-UG(スキル標準ユーザー協会) 理事、認定ITSSシニアコンサルタント
・IPA(独立行政法人 情報処理推進機構)主催 ITSSエデュケーションプロフェッショナルコミュニティ副主査
・IIBA 日本支部 代表理事(2008年12月~2012年12月、2015年1月~)
・JISA(一般社団法人情報サービス産業協会)
平成26年度市場創出チャレンジ委員会イノベーション人材部会部会長
・東京都ベンチャー企業大賞審査員 など

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